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法然院でのできごと9月の連休に京都の法然院というお寺で、アルゼンチンタンゴのコンサートがあり行ってきました。 パリ在住で3月に展覧会をしていただいたアクセサリー作家・イクオさんの応援する Silvanaさんのトリオのコンサートです。 3月に初めてこのコンサートの話をイクオさんから伺った時、タンゴは聴いたこともなかった私ですが、 「法然院」という場所にひかれて、参加することを即決しました。 学生時代によく散歩したお寺だったし、ご住職の梶田眞章さんが アーティストの発表の場やシンポジウムの会場としてお寺を開放なさってる事にも興味があったのです。 出発の日は少し肌寒い朝でしたので、前日に買ったばかりの斉藤洋さんという 染色作家さんのスカーフをしていい気分で出掛けました。 コンサート会場に着いて受付でびっくり! なぜなら受付の方が全員斉藤洋さんの染めたシャツを着てたのです。 お互い「きゃ〜偶然!」と歓声が上がりました。 次にコンサート前にお茶をいただこうと座った席で一緒になった見知らぬ方の胸に、 なんと小林浩子さん作のブローチが!!!! 小林さんはギャラリー泉で2回も展覧会をしていただいてる上に常設展にも 出品してもらっている作家さんです。思わず「小林さんのブローチですよね」と声をかけたら、 その方も私のスカーフを見て「斉藤さんのですね」とおっしゃり、また「きゃ〜」っとなりました。 お隣の席でそのやり取りをご覧になってた これまた見知らぬ方が私のイヤリングを見て「イクオさんのイヤリングですね」 「きゃ〜」っと 続けさまに起きる偶然にもうほんとにビックリ・ビックリです。 そこに約束したわけでもないのに、作家の小林浩子さんまでがコンサートを聴きにいらして・・・・・「今日はいったいどうなってるの?」 と目が回りそうな中 「方丈の間」でコンサートが始まりました。 一曲目はバンドネオンのせつなくなるような音にあわせて、私が唯一知ってる「タンゴ・ピアソラ」でした。(何かのCMに使われて有名な曲です) 「きゃ〜」 コンサートはすべての歌がスペイン語で意味がわからないはずなのですが、それが不思議ですが伝わってくるのです。 Silvanaさんの歌声・しぐさ・まなざし・・・・それから方丈の間に漂う夜のとばり、 しし脅しの音 そういうものに酔わされてしまったようでした。 私がこのつぶやきで言いたかったのは重なる偶然「きゃ〜」では決してないですよ、皆さん。 染色にしろ アクセサリーにしろ 歌にしろ 力を込められた作品の持つ凄さです。 だって普通のスカーフじゃ決して起きない「きゃ〜」ですから。 時計草「グリーンサム」というのは お花や緑を育てるのが上手な人を意味するそうです。 とすると私は自信を持って「ブラウンサム」です。 我が家には庭がないので、もっぱらプランターや鉢に苗や種を せっせと植えて水をやり、陽に当て「元気に花を咲かせてね。」と祈りながら 愛情をたっぷりそそぐのですが、たいていうまく育ってはくれません。 まっ早い話、枯れちゃうのです。花屋さんが「これは丈夫な草で簡単に栽培できるよ」と 太鼓判おしてくれたやつでさえ・・・・・・・。 何が悪いのでしょうか?私の愛情が草花には重すぎるのでしょうか???
それはさておき、 うちのプランターに5年くらい前に仲間入りをした物に時計草があります。 知らないお宅の垣根に咲いていたその花を初めて見た時、 エキゾチックな雰囲気の珍しい形の花に見とれてしまいました。 ちょうど出てこられたその家のご主人が親切な方で、苗を一株くださいました。 急いで家へ帰り、プランターにその苗を植えて水をやり 「あんな綺麗な花がうちにも咲くといいな〜」とワクワクしたのですが、 次の年もその次の年も時計草はかろうじて枯れることなく、 ひょろひょろと蔓状の茎を添え木にまきつけるだけで、 いっこうに蕾らしきものさえつけてはくれませんでした。 お店を始めて忙しくなった私は、草花の世話をする時間がぐっと減り、 プランターは荒れて、ますます悲しい状態になっていくばかり・・・・・ ついにそれを見かねた夫が、「我が家には車がないのだから、駐車場はいらん。 駐車場のコンクリを一部はがして土にしよう。で、プランターのを植替えよう。」 と言い出しました。 「なるほど、土ならたまに水をやり忘れても大丈夫かも・・・」 と楽チン指向の私はすぐに賛成!! かくして猫の額より狭い庭が我が家に誕生しました。 時計草を植え替えて2年、今年の夏初めて!終に!次々と花をつけてくれています。 そして一日でしぼんでいきます。大きな派手なイメージの花なのに、儚いものです。 咲いてくれたので、そういう事にも気が付きました。 それにしても、本当に大地というのはなんて凄いのでしょう。 あれだけ私が頑張っても咲かなかった時計草をたった2年で・・・・しかもろくろく水もやってないのに・・・・・ というわけで今年はゴーヤを植えました。どうか大地の恵を収穫できますように・・・・・・ よく水やりを忘れるくせに厚かましい私です。 英語体験「英語を自由に話せたらなぁ・・・・」と今までに何回思ったことでしょう。 私たちの年代だとそう思ってる人は多い筈。 なんたって中・高9年間 はきそうになりながら辞書引いて(しかも同じ単語を何回も) 頭かかえて文法問題を解いたりしましたよね。 なのに街で道に迷ってる外人とはなるべく目を合わせないようにしたりして・・・・ あ〜それなのに、結婚3年目に夫がアメリカ転勤になってしまいました。 しかし、ものは考えようで これは私が英語ペラペ〜ラになる人生最後のチャンスだと 鼻息荒く??ロサンゼルスに住み始めたのでした。 最初は「一年も住めば映画も字幕なしで余裕だよ。」なんて超甘い考えでした。 ところがどっこい 子供の柔らかい脳みそならともかく 私はオバサンになりかけてたし、 ロスは日本人が多くて 英語なんて一言もしゃべらなくても何も困らずに生活できるのです。 それでもまあ 少しは知り合いや友達も出来て、ジェスチャー混じりで 何とか最低限の意志を伝えて暮していました。 そんな悪戦苦闘の一番の邪魔は?というと「日本で話してた英語」だったように思うのです。 ご近所にウイチャードという方がいて、私のへたくそ英語にもいやな顔をせず 付き合ってくださるので、よく話をしていました。 ある日、名札を付けてある集会に出席したら ウイチャードさんの名札には「RICHARD」と書かれているじゃありませんか。 ん?ウイチャ ードさんは もしかしてリチャードかぁ!!!!!衝撃でした。だってどう聞いてもウイチャードとしか聞こえな いんですよ。 カナデカッ→コネチカットもサイベリア→シベリアもバランテェーア→ボランティアも 同じようなことが原因で、伝わらなかったり、理解できなかった言葉です。まだまだこういう例はた くさんあります。 今、小学校から英語の授業を取りいれようという案があるようですね。 いままでと同じようなやり方をだだ小学生からするだけなら意味ないなと思う私です。 で、結果私はペラペラになったかって?うふふ。ジェスチャーには自信つきましたぜい。 伝統着物が好きでよく着る。 凹凸の少ない古風な?日本人体系の私にはぴったりなのだ。 タオルの補正なんか全然必要じゃない。 外国の方の多いパーティに出る時は(そういう時もたま〜にある。) 着物と決めている。 だって私は、自慢じゃないが、外国人の目にはすっごく若く写るらしいのだ。 ちんちくりんのせいかなぁ。小学生と間違われたこともあるくらいだ。 それはともかく、着物を着てさえいればどんな背中の開いたドレスに混じっても 「キモォーノ!ビューティフル!」 と大人扱いしてもらえるし、 着物の話をきっかけに会話が広がっていくこともある。 日本の伝統の美しさに助けられてるという訳だ。 しかし残念なことに、今一般的に着物は「特別な装い」になってしまったと言わざるをえない。 着方がわからない、お手入れが面倒、値段が高いなどと思われてしまってるから・・・だろうか。 お軽な洋服が浸透して、着方や手入れの方法が伝わりにくくなったのが原因かな。 ここ10年くらいか、着物業界も「これじゃいけない!」とプレタポルテの着物だの 手軽な浴衣だの 色々と工夫はしているみたいだ。 少しずつだけど若い人も、いや若い人中心に着物に興味を持つ人が増えてきたと思うのは私だけじゃ ないだろう。 去年の夏、髪を金色に染めた高校生くらいの女の子が、裾を帯にうまくはさんで まるでミニのワンピースのように浴衣を着こなしているのを見かけた。 彼女は、その大胆な着付けにさらにアクセサリーをジャラジャラといっぱい着けていた。 奇抜なのだがとてもよく似合っていて格好良く、私は心の中で「いいぞぉ!」と拍手を送った。 しかし「この大胆な着物スタイルを肯定できない人も大勢いるだろうなぁ」と同時に思った。 伝統の壁みたいなものはあるんだ。きっと。とにかく、このままじゃ着物の一般生活復活なんて夢の夢だよ〜。 いったいなんなんだ?伝統って。 そんな事が頭の片隅にもや〜っと渦まいたままになっていたある日、 朝日新聞に連載中の狂言師・野村萬斎さんのコラムに鮮やかな答えを発見したような気がした。 以下にそれを記しておく。 (狂言が)伝統芸能だからと言って時代を無視し、守ってばかりでは廃れてしまいます。だからと言って 「何でもやります!」という姿勢も、ちょっと違う。伝統とは過去から現在へ続き、未来へも伸びる線であるべきです。 私は守るべきことと、変えなくてはならないことに直面したとき、どう対応するかを常に考えて行動しています。 (略)表現者としてのアイデンティティーと、伝統の担い手としてのバランス感覚がとても重要なのです。 (2009年3月11日朝日新聞夕刊 野村萬斎哲学より) 磁石と時計で大発見うちのお店の展示台の下は収納スペースで、 マグネットで扉を開閉できるようになっています。 ところが、扉の側の金具を取り付けてあるプラスチックの軸が折れて、 金具が取れてしまいました。 「バッチリ、しっかりボンドでとめたら、 即解決!!」と思っていたのですが、なんと皆さんご存知でしたか? マグネットはバッチリ固定してはいけないってこと。 わざと少しぐらぐらさせる、つまり遊びをつくっておくことによって 磁石ともう一方の金属がうまく合わさってくっついていられるというのです。 ひえ〜。ボンドを売ってる荒物屋のおじさんに この衝撃の事実を教えてもらって 早速他のマグネットドアを片っ端から見てまわりました。 そしたらおじさんの言う通り。 収納スペースの扉のように、金属板を取り付ける土台が緩やかなアーチ状になっていて、 その中央にプラスチックの軸で金属板を取り付けることによって ぐらぐらさせてあるタイプ。もう一つ、マグネットの奥にスプリングがついていて クッション性があるタイプ。うちのお店にはこの二種類がありました。 簡単な事だけど全然気が付きませんでした。 (もしかしてこんな簡単な事知らなかったのは私だけ?) 「バッチリ、しっかり キチキチにせず遊びを作っておく。そうすることでぴったりと合う。」 う〜ん。深い。深すぎる。 これは夫婦の付き合い方にも通じるんじゃないか〜と 考え込んでしまいました。(いつものように大袈裟?) ちょっと長くなりますがもう一つ。 掛け時計の秒針が9の文字のところでひっかかったようになり、遅れ気味になってしまいました。 「新しいやつなのに、安物だからか?」と憤慨していましたが、 壁からはずして 平らに置いておくとスムーズにちゃんと動いています。 この事を友達に話すと、それは電池が減っているからだと教えてくれました。 そうなのかぁぁぁぁ・・・・。 秒針というやつは、9辺りからは上向いて一生懸命登っているのに気が付きませんでした。 秒針が文字盤を一周するたった一分の中にも楽チンな時としんどい時があるのです。 ドラマチックですね〜。(また大袈裟??) 今日は2つも大発見をしたような気分の私です。 原点奈良の田舎で育った私が、外の広い世界を少しずつのぞいて 色んなものに出会うようになったのは高校生になったくらいからだと思う。 家を出て京都で寮生活を始めた頃だ。毎週末 町に出掛けてウインドショッピングの楽しさを知った。 「都会ってなんでもある〜。」と見るものすべてにワクワクしたのを覚えている。 今でこそピザなんか珍しくもないけど、高校生で初めてピザを食べた時 「おお〜。これがイタリアのお好み焼きかぁぁあ。」と私の感激の針はマックスまで触れたものだ。 初めて叶匠寿庵の「あも」を食べた時も、「こんなおいしいものが世の中にあったんだ〜」と感動の嵐だったし、 初めてハーゲンダッツのアイスを並んで食べた時も、「生きててよかった!!」と喜んだ。 15歳くらいから20歳過ぎくらいまでは、食べ物に限らず、本を読んだらその面白さに、音楽を聴いたらメロディに涙が出るほど、 映画を見たら映像の素晴らしさに、一週間に何回も「ああ〜感激!!」 と私の感激の針はいつも触れっぱなしだったように思う。 ところが最近の私はどうだ?ハーゲンダッツのアイスを食べても「おいし。」と思うくらいで、 いちいち感激なんかしない。 一通り経験して、慣れてしまったのが原因だろう。なかなか昔のように素直に感激しなくなってしまった。 そのことを認識した時は、とても悲しくてがっかりした気持ちになってしまった。 でも最近気がついた。原点に戻ったような物に出会うと感激する自分に・・・・・ 食べ物の例ばかりで恥ずかしいが、暑い夏の日に飲む冷たい水や、 新鮮な採りたて野菜を湯がいて何もつけずにいただくとか。 お腹がぺこぺこの時にいただく白いご飯とか。 小さいころは当たり前だったおいしい空気とか。 前回のつぶやきは老化現象について書いたけど、 これももしかしたら老化現象の一つなのかな? でも原点に感激できる自分って嫌じゃない。 「老化もそう悪いことばかりじゃないな〜。」と思う短絡思考回路の私である。 老化現象このごろ朝早く目が覚めるようになりました。健康的? いえいえ、老化現象だと思います。 大学時代は目覚ましがいくらなっても、自分で止めた事さえ 覚えずに眠れたし、しかもその眠りは瞬き一回分の時間位にしか感じなかったに・・・・・・。 眠るって以外とエネルギーがいるのですね。 そういえば最近 新聞の文字が以前より見にくくなったし。 「肉体は確実に老いていってるんだなぁ〜」と実感しています。 訳あって文章を書く機会がよくあります。だいたい200字詰原稿用紙3枚から、多い時は 8枚くらいです。初めのころは「8枚なんて絶対無理!」と思っていたのですが、 まず3枚の原稿を頼まれて、次に頼まれた時は少し長く、また少し長く・・・と書いてるうちに いつの間にか8枚も何とか書けるようになっていました。 ところがお店を始めてから忙しくなって 原稿依頼をお断りせざるおえませんでした。 すると、最近久しぶりに引き受けた3枚の原稿がどうしても書けないのです。 これはもしかしたら頭の老化現象ではないでしょうか???ドキッ!! 頭も体もストレッチしたら柔らかくなって、ちょっと怠けると硬くなるってことでしょう。 時間がないから無理。忙しいから無理。歳をとってきたから無理。 とあきらめたり、言い訳したりすることが一番の老化現象なのかな〜と思います。 どうしても避けられない肉体的な老化とは違って、いくつになってもストレッチして食い止められる 老化現象には立ち向かっていくぞ〜。と決心!! しかし ああ・・・腰痛いよ〜。 ごろごろ昼寝してたいよ〜。暑いよ〜。こんな風に気持ちが行ったり来たりします。 ストレッチは少しずつ毎日が大切ですよね。 佐藤けい工房 バスツアー5月18日 高崎市倉渕 の佐藤ケイ工房 窯出し体験に ギャラリー泉もバスツアーを組んで参加しました。 大人24人と子供2人。「遠足はいつ振りかなあ?」とわくわくしながら出発。 お天気もまずまずです。 佐藤さんは自作の穴窯(縦4、5メートル×横1メートル強くらい)に赤松を約7日間くべて、同じ日数さますという 方法で陶器をつくられています。 8日目にお邪魔したわけですが、軍手をはめてもまだ温かさが伝わってくる陶器を、 みんなで割らないように慎重に一つずつ運びました。 作品を取り出して隙間の出来た窯の中に入らせてもらうと ほや〜とまだ熱が残っています。 ここに炎が満ちてたと思うと 暗い窯の中は「子供を生み終えたお母さんの体内」 のような気がしました。 窯から出されたばかりの陶器は、藁の灰が付いているものや、 隣同士くっついて離れないものや、底が割れてしまった大きな鉢や・・・・。 どれもまだ底はざらざらのままです。 展覧会場に並ぶ器とは全然違う物のようです。 これから洗われて、底は研磨されて・・・・綺麗になって食卓に並ぶ器たち。 まるで 宝石の原石ですね。 さ〜てそれから、窯出しを一段落して緑の中でのランチタイムとなりました。 三菜の天ぷらや石釜で焼いたピザ、職人さん出張の打ちたて蕎麦、 きのこたっぷりのお汁、そしてマグロのカマ焼き! 何も言う事はない幸せな気分になれたのは 食いしん坊の私だけ?ではないと思います。 帰りのバスでも皆さん本当に元気で、 最後の晩餐には何を食べたい とか 陶板でつくるならこんな料理がおいしいとか・・・・ なぜか食べ物の話が多かったのは気のせいですか? また機会があったらこういう催しもやっていきたいと 思っています。つぶやきを読んで下さってる皆さん、 次回は一緒にいきませんか? 佐藤けいさん話をすると元気をもらえる人が皆さんの周りにいますか? 私にとっては陶芸家の佐藤けいさんがそういう人です。 佐藤さんは実は母の知り合いですから、高校生くらいから知ってる方です。 そのころは「面白いおじさんやわぁ(お兄さんでしょうか?佐藤さんすみません)」と思っていました。 ここ30年くらいはご無沙汰してて、どこにお住まいかも知りませんでした。でも不思議なご縁で、 ちょうどお店を始めると決心したころ、偶然東京で展覧会をされてて再会できたのです。 佐藤さんは私を覚えてて下さって、「ギャラリーを始めようと思う」と言うと 「ぴったりだ!!」と言って下さいました。 そのおだてに気を良くして、まだ駆け出し前の画廊が無謀にも個展をお願いすると 「わかった。」と快諾して下さったのです。売れっ子作家さんなのに私のほうがびっくりしました。 かくして昨秋ギャラリー泉での佐藤さんの個展が実現し、その期間中の数日、我が家に泊まっていた佐藤さんと 実にたくさん話ができました。 私が、大失敗の話をすると「いい経験したな。めったにそんなことできないぞ」と酔っ払いながら笑い、 迷ってる話をしたら「何でもやってみればいい」と言いながら、ヒントになるようなことをちょっと付け足してくれます。 「何を相談しても否定されないというのは気持ちいいな」と思いました。用心深くなるのも必要ですが、時には背中を押されたい時もありますものね。 しかも佐藤さんは無責任に背中を押すだけではなく、なにかフォローがあるのです。う〜ん。すごい人ですね。 やはり面白いおじさんです。佐藤さん、これからも私の元気の素でいてください。宜しくお願いしま〜す。 雛人形季節は冬と春を行ったり来たりしています。一月の末から店内には雛人形をたくさん飾っていましたが、先日片付けました。一つずつ箱にしまい終えると ちょっと寂しくなってしまいました。 さて今回は少し雛人形の話をしようと思います。雛人形の展覧会をするのだから雛について少しは勉強しなくっちゃと思い色々と調べたのです。 ご存知の方も多いかと思いますが、そもそも雛人形の始まりは、降りかかる厄を人形に移して流してしまうという流し雛です。 私は鳥取の流し雛しか知らなかったのですが、吉野川(奈良)揖保川(兵庫)の他各地にたくさんこの行事はあるそうです。 流し雛の行事は源氏物語の中に出てきますから、長い歴史があるわけです。びっくりですね〜。やがてこの流し雛が宮中のひいな遊びに発展し、 現在のような雛人形を飾ることで子供の無病息災を願う形に変わっていきます。 雛展の期間中にお客様と一番たくさん話題になったのは、お内裏様とお姫様を左右どちらに飾るかということでした。古式にのっとると左が上位ですから、 向かって右にお内裏様が正式です。が、洋装がひろまるにつれて向かって左に変わってきたそうです。現在では京風は古式のように、関東風は現代風に 飾られているみたいですね。 本当はもっともっともっと・・・・・ここに書ききれない雛にまつわるお話がたくさんあります。調べれば調べるほど、日本の季節の行事の奥深さに 感動します。雛祭りだけでなく季節を感じられるさまざまな事を生活に取り入れて、次の世代に伝えていかなくては!!!と強く思ったのでした。 初めての出張先日、お店をはじめてから初の イコール私の人生で初の 出張に行ってきました。場所は島根県益田市、草花舎というギャラリーです。 出張のメインの目的は、トルコのアンティークキリムを収集・補正し、 オリジナルのキリムのパッチワークもつくっているカヨコさんの展覧会を拝見することです。 以前からキリムに強く憧れてはいましたが、値段が高くて近寄れないイメージも合わせて持っていました。 こんなに近くで手に触れて、じっくり見れるなんてはじめてで、それだけでも幸せです。 到着が夕方だったので、まず電灯の光りの下キリムと対面しました。壁にかけられていた細いウールの糸で織られた絨毯は てっきりシルクかと思うような光沢でした。 夕食は草花舎のやしまさん、カヨコさんとカヨコさんのお嬢さんのアイシャちゃんと一緒に「マンジャパレス」というイタリアンレストランへ。 マンジャパレスは「ここはフィレンツェ?」 と思うような素敵な内装です。建築家・松樹新平さんによる壁の絵は明るくて、楽しくて、それだけでウキウキしました。 食材もオーナー森田さんが吟味して全国から取り寄せてられているそうで、とてもおいしくまた贅沢な気分になれました。 森田さんは「益田市の田舎ではなかなかこういうのは受け入れてもらえないのよ」と悩んでおられました。 青山なら絶対絶対、行列の出来るレストランなのに・・・・お商売って難しいものです。 もしこれを読んでる方で益田へお出かけの方は、草花舎さんとマンジャパレス是非行ってみてください!私の三ツ星です。 さて翌朝、陽の光りの中、もう一度ゆっくりと眺めたキリムは本当に素敵でした。作り手のちょっとした気まぐれか途中から色が変わってたり、 模様に変化があったり・・・・。柄にはそれぞれ意味があるという話をカヨコさんから伺った時には、 その物語を全部伺う時間がないことが残念で仕方ありませんでした。 来年の秋にはカヨコさんのキリムをギャラリー泉でご紹介する予定です。 みなさん是非観にきてくださいね!! オープン1周年お店をオープンしてから今日で一年と一週間が過ぎました。無事一周年をむかえられたのは、お客様と力をかしてくださる作家の方々、そして 支えてくれる周りの皆さんのお陰だと感謝しています。二年目もどうぞ宜しく願いします。 さて今日は数字の話をしようと思います。私は毎日お店に来るのに駅まで自転車に乗ってます。年間契約のだだっ広い駐輪場は、 1番から30番に区切られていて、 私はその番号に意味を持たせて場所を選んでいます。 どういうことかと言うと、偶数は割り切れるのでどことなく柔らかいイメージで、 例えばその中でも12は2でも3でも割り切れてものすごく平和な感じがしませんか?「今日は一日平和に終わって欲しい」と思ったら12番に止めます。 一方、7という数字は割り切れなくて硬いというか、そのくせラッキーセブンなどとおだてられて、なかなかの曲者です。 14はそんな7を包み込んでしまう包容力があるような・・・なので、我儘な気分の朝は7番に、なんでも許せそうな気分の日は14番に止めます。 まだまだあります。1は形がとんがってて、一番をめざすべく戦いを好む感じですし、22は2つも偶数が並んで柔らかなイメージですが、1と11と22しか割り切れない、一見どうにでもなるけど実は頑固な数字です。 だから「今日はやるわよ〜」って時には1番、頑固な気分の日は22番へ。20は私の誕生日の数字で、私にとっては特別番号です。だから特別な日は20番へ。8は末広がりとかいって実力以上にちやほやされてる のが嫌いなので、8番がガラガラにすいてても止めたくなくなっちゃいます。 ばかみたい。と笑ってる方もいらしゃるかもしれませんね。でも、数字にはなんの意味もないと言って暮すよりも面白いと思いませんか? 他にもそういうことが世の中にたくさんあるかもしれませんね。みなさんにもそういうのがあったら教えて下さい。 |